2006年8月アーカイブ

新聞の取材

レジデンス1年7ヶ月と10日目

今日は「Het Parool」というオランダの新聞の取材がありました。
別にアーティストの特集じゃなく、「アムスに住んでいる外国人の部屋特集」というものです。
「アムスに住んでいる外国人」なんて、死ぬっほどいるだろうに、なぜ私?と思わなくもありませんでしたが、野次馬根性(主に対象は自分)で引き受けてしまいました。

事前にHet Paroolから電話があり、

H 「何か部屋に日本っぽいインテリアある?」
私 「団扇と青竹があります」
H 「・・・何かこっちに来てから自分で買ったものは?」
私 「自分で置いたのは、拾ったものと貰い物ばかりです」
H 「・・・何かナイスなもの、部屋にないの?」
私 「すみません。いるのはいつもスタジオで、住まいにはあまり気を使っていなくて・・」

と、私の部屋へのあまりのやる気のなさから、スタジオで撮影をすることになりました。

どんな記事になっているのでしょうか。大丈夫でしょうか。ともかく取材ありがとうございました。9月の第一土曜発行だそうです。その頃私は中国にいるはずだから、記事見られるか分からないのが惜しいです。

日曜です

レジデンス1年7ヶ月と7日目

日曜です。今日のライクスは空っぽ。雨だしね。
ここんとこ2週間ぐらいアムスは雨続き、しかも寒いです。寒いと言っても16度ぐらいだけど。コートやマフラーをひっぱりだしてきて着たりします。先月の猛暑はもはや昨年の夏の出来事のよう・・・。

今日のライクスは誰もこないかと思ったけど、しばらくするとGalがやってきて、一緒にお茶しました。今日の話題はたわいもない話や、お互いの仕事の進み具合などです。

先週終結したイスラエルでの戦争の間も、Galは私のスタジオにお茶を飲みにきました。前にも書いたけどGalはイスラエル人です。
「不安でなかなか仕事が手に着かない、家族に電話をしてばかリいる」といいます。
私はなんと言っていいか分からず、甘いもの(友人の送ってくれた虎屋の羊羹)を薦めたり、そのパッケージを眺めたり(きれいだから)、お茶を入れてお互いの国にいる友人の話や家族の話をするだけでした。家族の話をしていても、彼女は生まれたときから戦争が身近にあったとわかりました。
しばらく話しているとGalは「気分が落ち着いた」と出ていきました。

残された私は、とりあえず友人に羊羹のお礼のメールを書きました。

ついに

レジデンス1年7ヶ月と4日目

 先日友人から届いた「かわちさん、白夜行You tubeで見れるよ」との魔のメール。
そんなこと知ったら、見てしまうじゃないの、おそらく昼も夜もなく・・。
 昼は平常心を保って仕事し、夜になってパソコンの前に座り、おそるおそる検索してみるとありました。白夜行。 何ですって?

「俺たちの上に太陽などなかった。
 いつも夜、でも暗くはなかった」!!??

「昼だと思って生きることができた
 明るくはないけれど
 歩いていくには充分だった」!!??

おおお〜!!!視聴者を惹き付けるのにも充分すぎます!!はじまりからすごいわ。

衝撃的なんだけど、切れ味鋭いというよりは、いつまでもいやな跡が残ってしまうような、ボディのあるしつこい衝撃。たまりません。とくに第1話は秀逸だわ。

 幸いYou tubeには第4話までしかアップされていなかったので、夜明かしして見ることはありませんでした。
 でもこういう、自分まで一緒にどんどんタブーに触れていってしまうような、リアルな引き込まれ方(リアリティのある話だと言っているのではありません)の脇には、武田鉄矢とか八千草薫とかの存在感はかなり重要におもいます。野島伸司ものとは違う感じ。いやー面白いねー。
 
ともかく、お盆の帰省気分をどっぷり味わった夜でした。日本に帰ったら全部観てみます。

プリント終わったわ〜!

レジデンス1年6ヶ月と26日目

 やっと今日、ドローイングブックのためのユトレヒトでのプリンティング作業(注1)が終わりました。なんという達成感なのかしら・・・もう工房で女工哀史のように働かなくてもいいのね。
 今朝(プリント最終日)、ユトレヒトに行く直前ギリギリまでやり直したけど、ドローイングも仕上げたのね。この達成感は2年前、トレイスギャラリーの立ち上げした時以来では・・。作業のあとはケーキでお祝いしたわ。

 2週間後には、永遠に続くかと思われるだろう紙折り作業(全プリントを製本用に半分に折る作業)が待ってるけど・・トホホ・・気にしないわ〜!!


注1:4月頃から、Iwanに誘われてドローイングブック作りに参加しています。プリントは先月から週3日、ユトレヒトの版画工房GAUで。
 1部96ページX200部(多!)、ハンドシルク。出品者9名、別にアーティストだけじゃなくて、ただのIwanの友達とかも出品しています。
 Iwanが望んだような、線についての仕事、という意味でのドローイングを普段しない私には、この本のためのドローイングを仕上げるだけでもえらい骨が折れました。
 つくったドローイングがシルクプリントというグラフィックなものに変わり、さらに本形式になるということでさらに混乱をきたしたわけですが、でもそのことは、私が見ているもの(見ていないもの)について試行錯誤するいい機会でした。他の人のを見るのも面白かった。でも、これ売れんのかな〜。
 Iwanはこの本を「プリント作品」だと思ってるみたいだけど、わたしはひとつの「プロジェクト」のように思っている。 まあそうは言っても、両者結局ひとつの見たいもののために働いているんだけど。

会話

レジデンス1年6ヶ月と25日目

ライクスのライブラリーで借りた小津安次郎のDVDセットをみます。
実はこれ借りたの4度目です。
ライクスのライブラリーのDVDの品揃えは、アートの施設とは思えないほど貧弱ですが、わざわざレンタルDVDショップに行くのが面倒、それから店のレンタル料が高価(どこも旧作1泊で3.7ユーロ=¥530、新作だと4.5ユーロ=¥650くらい)なので、ついつい同じものを何度も借りてしまいます。

私が小津映画の中で好きなのが、その会話です。
事件やストーリー進行としての会話ではない、ただ淡々と行われるやり取りの心地よさで全体が進んでいくようなあの感じ。家族間でも友人とでもご近所との間でも、猫が人間とのすれ違い様にしっぽをちょっと体に触れさせるような、ああいうリズムで画面運びが行われ、全体が進んでいく感じが何とも心地いいです。
たまに若い原節子が友人とふざけ合うシーンもいいな。じゃれあってる感じで。

そういえば私は野球を見るのがすきですが、自分でやるのではキャッチボールが好きです。

英訳始めます

レジデンス1年6ヶ月と20日目


 この日記の、英訳ページをつくることになりました。いま準備中です。

 ことの始めは、今年始めにアドヴァイザーのAnsuyaと話していた時です。
作品を作るときの私のビジョンの得方とタイトルの関係や、あとその頃は、自分の持っていた制作のプロセス自体から見直そうとしていて、その過程で出来てくる、自分にとってもどう位置づけていいか分からない作品が着々と増えてきていたこと、またいくつかの立体作品を「(絵画制作の準備という意味での)ドローイング」と執拗に言い張るその姿に、その根底には言語の問題があるとにらんだAnsuyaが、「トモコ、日本語でもいいから何か小さなテキストを書いたてみら?」と薦めてきました。

 Ansuyaがいう意味でのテキストかどうかは怪しかったけど、「もう書いてる。web日記だけど。ドローイング(この場合は文字通りの意味でのドローイング)と一緒に。」と答えると、私が英語を苦手なのを知っているAnsuyaが「それはナイスだわ! 翻訳者を雇って英訳してみたらどう?」といいます。

 翻訳者と仕事かあ・・面白いアイデアだけど・・と、まあ日本語の分からない読者にはドローイングと、時折混ざる名詞だけ見てもらえばいいやと思っていたこともあり、そのまま放っておいていたところ5月ごろ、またAnsuyaが今度は「ユカに頼んでみたら?」といいます。

 ゆかちゃんとは、同期の小泉明朗君の奥様で英米文学の研究者でもあり、個人的に親交があったり、好きな本が同じだったりという背景もあったので、「ゆかちゃんと仕事するなら面白いかもしれない」と思い、ゆかちゃんに打診してみて、英訳プロジェクトをやってみることにしました。プロジェクト費はライクスから補助がもらえました。
 Arttraceでweb管理をしている高木秀典君の協力もあり、動き出したのは6月のこと。

 そしていまは8月。
ぼちぼち出来上がってきた英訳文に今日初めて目を通し、一番最初に思ったことは、「ギャハハ、恥ずぅ(かしい)!!」です。「この、英語でしゃべってる人は誰??!!」って。

 でも読んでるうちにこの英語でしゃべってる(書いてる)トモコという人物にも慣れてきました。 
 
 今では英語で読める日を楽しみにしてます。

 難しいことは書いてないし、英語の勉強を始めたいわなんて人にも面白いんじゃないかと思います。

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