たぶん友情について

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ニッケル・ファン・ダウフェンボーデン (Nickel van Duijvenboden)ドラムのパフォーマンスをライクスアカデミーオープン2015 (Rijksakademie Open 2015)で見たあとで私は廊下で友達と話していた。話していた友達は皆アーティストだが、そのときはアルバイトでやっている美術学校の先生の仕事に関する立ち話をしていた。

わたしは聞き耳を立て、手にオープンスタジオのカタログを丸めて握りしめている。彼らが何を話しているのか一所懸命聞いて、何か言おうとしているが、私はとにかくアーティストというものが好きで、彼らの話す言葉にとても関心があるのだ。
アーティストの言葉は不確かなものと考えられているかもしれないし、勘違いもある。でも言葉は言葉だ。アーティストはアーティストに、前後の関係などなくピンポイントで言葉を渡し、受け取る。受け取った言葉については、そのあと長い時間考えることになる。少なくとも私はそうだ。

そのときの言葉はなにかユニバーサルなものではなくとても具体的、事象的なものだ。だからその言葉じたいは「あの時、発された言葉」だ。でもその言葉についてよく考えることで抽象的な思考がやってくる。そして得た「答え」は新しいあなただ。そこにはもう勘違いはない。受け取ったものが沈黙であっても同じことができるだろう。

その時のことは動物園の飼育員の写真の中に描いている。なぜなのかは今は分からなくてもそれが答えだ。私のドローイングだ。


追記ー英語バージョンでは「友人たちと話していた場所は、旧オランダ陸軍の軍馬の厩舎であった建物だ。(現在はライクスのスタジオとして使われている。)そのとくべつなロケーションもアイデアとなっているだろう」と加えた。

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このページは、tomokoが2016年4月19日 10:58に書いたブログ記事です。

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