japaneseの最近のブログ記事

未来

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オランダ語の先生が、オランダの作家シモン・カーミヘルト(1913-1987)の文章を、初心者向けに短くして送ってくれた。ちいさな未来の話だった。日本語でもシェアしたかったのでブログに書いた。以下が私の日本語訳だ。

Simon Carmiggelt  "Toekomst"

シモン・カーミヘルト 「未来」

私の6歳の孫が、家に泊まりにきた。決められた時間だけテレビを見て、お風呂ではしゃぎ、ぬれた髪でベッドに入るとこう言った。 「おじいちゃん、おばあちゃん、こっちに来て?」

私たちは行って、ベッドの端に座った。彼はこう聞いた。

「おじいちゃん明日もまたひげを剃る?」

「ああ。」

「もしひげを剃ったら、おじいちゃんは少し小さくなるね。」と彼は言った。「どうして年を取った人はそんなに小さいの?」

「縮むんだ、たしか」

彼は信じられないという様子だ。

「僕が80歳になったとき、おじいちゃんたちは何歳なの?」と聞いた。

「134歳だ、でも人はそんなに年を取ることはできないよ。」

彼もそのことは分かって、数字を少し低く設定し直した。「じゃあ僕が26歳になったら?」

「そうしたら私たちは80歳だ。」

そう答えたとき、私は何だか怖いような気がした。

でも彼は私たちをなぐさめた。「僕は電車の運転手になるよ。だって僕は2つの車両をどうやって連結させるのか知ってるから。」と言った。

「そうしたら、おじいちゃんとおばあちゃんはいつでも一緒に乗ってきていいよ。10セント(15円)で乗っていいよ。駅で、僕のおじいさんですって言えばいいよ、そうしたら乗れるよ。でもそのかわり、なにか僕の好きな食べ物を持ってきてよ。」

「チューインガム?」妻が聞いた。

それが彼の好物だからだ。

「違うよ。僕が26歳になったときに好きな食べ物だよ。僕、何が好きだと思う?」

私たちがすぐに思いつけないでいると、彼は自分で答えた。「青エンドウ豆が好きになるよ。だからそれを持ってきてね。温かい鍋に入れといてね、電車の中で食べるから。」

私たちはそれを約束して、彼におやすみのキスをした。

そして私たちがベッドの横にいると、彼は、なにか勇気を出すといった調子でこう言った。

「もし、おじいちゃんとおばあちゃんが、すごく小さくなっちゃったらね、僕が世話してあげる。僕はもう結婚していて、子どもは一人だけ買うよ。だって子どもはすごく高いからね。おじいちゃんたちには、靴の箱を作ってあげる。住むためのだよ。もしおじいちゃんたちがすごく小さくなったら、そこに住めばいいよ。箱の中にはドアも作るよ、それから空気穴もあけてあげる。休暇のときには車に一緒に乗っていいよ。箱は後ろの席の棚の上の、猫のとなりに置いてあげる。いい考えでしょ?」

「ああ、いいね。」

私たちは明かりを消した。
そしてリビングルームに戻った。2人の人間がひとつの未来と一緒に。

まつ毛

2014年 3月14日

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昨日はアムステルダムの市立ミュージアム(Stedelijk Museum Amsterdam)でのPaulienのオープニングに行った。荘介も一緒につれていった。ポーリーン (Paulien)と話していたら、ポーリーンは荘介のほっぺに落ちたまつげがついているのを見つけた。ポーリーンのパートナーのナーロ (Naro) が、落ちたまつ毛を使うおまじないをおしえてくれた。願い事が叶うんだという。二人は落ちたまつげを見つけた時いつもやっているそうだ。なんか楽しそうだ。

私はこの話が好きでいまでも思い出す。その落ちたまつげという小ささが好きだ。
まつ毛はまるで誰かの願い事の種のようだ。



最近の荘介

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今8ヶ月の荘介は立ちたくて仕方がない。低いところに飽きてしまったみたい。立たせてやらないとなにをしても満足しないけど、立たせてやるとすぐニコニコする。

  
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大心の誕生日に寿司をわけてもらう。かっぱと納豆。生まれて初めての寿司をものすごい勢いで平らげてしまった。好物か。

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荘介は自分のまわりにある絵を見てニコニコする。うちの寝室にはルフトハンザの古い広告の絵がある。人々が飛行機から降りてきている。朝には親より先に起きてそれを見ている。

レンガのうえ

2014年 2月 3日

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家にモノがたまってきたので、今年のクイーンズデー(今年からキングズデーですが)でまた出店をだそうかと考えている。どこに場所取りしようかなあとかんがえている。場所をとるときは、早い人では1週間も前から歩道や広場に線を引き名前を書く。

ジャガイモ


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「Nothing too late」(何も遅すぎることはない) というのは、以前、Nicoline(二コリーン)が私に言った言葉である。彼女はとくになにか重大なことを伝えるとかそんなふうではなく、ただ話の途中にはさまっていた言葉だった。私はのちにそれを思い出してその言葉を書いておこうと思ってドローイングにした。でも直接、ダイレクトにその言葉を紙に書くことははしなくて、というのはそのときその言葉は私の言葉ではなかったから。
あとから思えばとても多義的な感じの言葉でもあった。
それで紙と言葉の間にジャガイモを置いた。
その言葉はジャガイモの上に爪で彫られたような言葉だった。

Rabbits/アパルトヘイトと日本

2013年12月18日

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Artist Endowmentに寄付した作品を取りにライクスアカデミーに行ったら、
あのウサギがまだいるのを見た。
君らもここにいられるの、よかったね!って思った。

(数日前、ライクスアカデミーはあのビルの正式なオーナーになったという知らせがあった。つまり政府の文化予算カットによる立ち退きがなくなったということだ。あのビルは、彼らにとってとても特別なので、これはとっても良いことだ。ついでにこのウサギにとっても良かった。)


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大心は日本のニュースをいつもチェックしている。オランダに住んでいても日本が好きなんだなあと思う反面、どこに住んでいたって忘れずにずっとチェックし続けるのはとても偉いとも思う。
大心のお気に入りの日本人ジャーナリストに、神保哲生という人がいる。彼は先日ネルソン・マンデラの追悼についてコメントをした。
日本でもネルソン・マンデラを追悼してその偉業をたたえ、褒めちぎる記事がたくさん出ているそうだ。そこで神保さんが言っておきたいのは、日本人には、ネルソン・マンデラを追悼する前に知っておくことがある、ということだ。
まだ南アフリカがアパルトヘイト政策を行っていた80年代に、日本は世界で唯一の南アフリカとの貿易国だった。
他の国は皆、アパルトヘイト政策に抗議するため南アフリカとの貿易をストップしていた。もし日本政府が他国同様、南アフリカとの貿易をストップしてくれていたら、もし日本人が、そのことを知ってちゃんと政府に抗議してくれていたら、アパルトヘイトはもっと早く世界から消えていたかもしれない、と神保さんは言う。
「日本人は、個々の日本人はとても優しくいい人達なのに、なぜ全体としてはこんなことをしてしまうんだろう」と、神保さんがまだ記者になりたての頃に国連の関係者がぼやいていたのをよく憶えているそうだ。
比較社会学者の宮台真司は 「(日本人は)あまりに人が良すぎて政府に抗議できないのだ」という見解を示していた。
・・・・。

嵐のシンタクラース

2013年12月5日

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今年のシンタクラースは嵐、この秋から2度目の大きな嵐でした。
私は友人との約束があったので荘介を連れて待ち合わせ場所へでかけました。
友人も子連れ(2ヶ月のNewborn)だったので、約束を延期しようかとも思ったけど、まあ大丈夫だろう、ということで出かけました。

普段はあまり行かない道で、約束の場所を探してウロウロしていると、「トモコー!!」と叫ばれて振り返ると偶然会った別の友人が自転車にまたがっていました。その人Sookoon(スークーン)は、普段シンガポールに住んでいるのでじつに6年ぶりに会ったことになります。
「ひえー!トモコに赤ちゃんがいるー!」「大心もアムスにいるのー?」「わたし、Vincent (ヴィンセント、スークーンの夫)がAmsterdam Light Festival(アムステルダム・ライト・フェスティバル)に作品を出してるから3日間だけアムスに来てるのよー!」と言うので、じゃあ滞在中みんなで会おーね!と約束しました。
彼らとは、ライクスアカデミーにいた頃ルームメイトでした。

待ち合わせ場所から帰ってくるとVincentから電話があり、嵐のなかこれから荘介くんを見にきてくれるといいます。ひえーすごいな。
昔のルームメイトと突然シンタクラースを祝い、一瞬昔に戻ったようでした。
Sookoonは荘介を見て「そーすけ、DAIFUKU(大福)みたいー!」といっていました。

嵐の日が嵐みたいに過ぎたなあーとおもいながらほっと一息ついていたら、速報でネルソン・マンデラの訃報をききました。
嵐の日はまだ終わっていなかった。



Naive Set and Marijn van Kreij

2013年11月30日

今日は大心と荘介と、Gallery Paul Andriesse(ギャラリー・ポール・アンドリエッセ) にMarijn(マライン)とNaive Set(ナイーヴ・セット)のコラボレーションパフォーマンスに行ってきました。

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'Welcome back! Thoughts are performance'
(おかえり! 考えはパフォーマンスだ)
と名付けられたこのパフォーマンス、どんなものかというと、

Marijnが自身の友人でもあるアムステルダムのバンド、Naive Setをギャラリーに招待し、
Marijnが最近やっているリフレイン・シリーズの作品の前で、(Naive SetのデビューLPのカバーアートもMarijnのリフ・シリーズです) 演奏してもらいます。
Naive SetはMarijnのリフ・シリーズへの返事として
ボブ・ディランとショージ・ハリスンによる"If not for you"のリフをエンドレスで演奏していました。なんかそれがとてもよかったです。

小一時間ほどのリフ演奏のあとは自分たちの曲を演奏していました。


私は以前にもMarijnが自分のショーに仲のいいバンドを呼んでライブをしてもらっているのを見たことがあり、
そのときは床に、丸く適当な大きさでカラースプレー(アイスとかのトッピングにするカラフルなつぶつぶ)を敷きつめてその上で演奏してもらっていたのをおぼえています。
今回Naive Setが演奏したのはダンボールにテープが貼ってある上。
何か普通っぽいけどドローイングする時は一番はじめにここを描きました。

犬がスタジオに来る時

2013年11月15日

私は今日犬の記憶をもとにドローイングをした。
その日ロシャ(犬)と私はサルファティ公園に散歩にいった。雪が降った後だった。私とロシャが出会った初めの頃は、公園に着くとロシャを放してボール遊びをするのが習慣だったけど、今はもうロシャは高齢で激しい運動は負担になるからあまりさせていないとガルから聞いていた。だからボールは持ってこなかった。

公園でロシャを放してやると、茂みの中飛び込んだと思ったら口に大きくりっぱな松ぼっくりをくわえて戻ってきた。私には彼女(犬)がそれを投げてほしがっているのが分かった。

私は投げてやった。投げるにはあまりに立派な松ぼっくりで一瞬躊躇してしまったけど。
松ぼっくりを投げて楽しく遊んだ。

私は時々、犬の絵(ドローイング)を衝動的に描きたくなる。どんな時にそれが起こるのかには興味がある。犬がスタジオに入ってくる時。

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テラスムス(テラスの雀)

2013年10月3日

今朝、Bos en Lommer にあるErasmuspark(エラスムスパーク)でMarijnとWytskeと待ち合わせ、散歩をしました。荘介くんお披露目のためです。
スタジオからそう遠くないのに私はここへ来るのは初めてです。公園入り口の立て看板を読めば、「この公園のデザインはモンドリアンのペインティングにインスパイアされており直線と直角で構成されています」とあります。ほおーそうなんだ。小さくていい公園です。

公園にはテラス席のあるちいさなカフェがあり、その名も「テラスムス」。
エラスムス(パーク)、の、テラス、か。あとテラスの、雀(オランダ語でムス)、ともいえるね。駄じゃれだね、とMarijnに言うと、Marijnは「オランダ語でこういう名前の雀もいるよ、正式名じゃなくて俗称だけど。」といいます。
ドローイングはテラスの雀。

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